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緋色 2
2007-02-13 Tue 20:26

詰めているはずの友人の姿は受付には見当たらず、「お名前を…」と勧める方に伺うとお客様を案内しているそうです。 簡単な記帳を済ませ、入り口から順に作品を見ている私は、楽しそうな話し声の輪からこっそり手を振る友人に、『勝手に見てるね』と唇だけを動かし軽く手を振り返したのです。 


ゆっくりと作品を見て歩いておりました私の瞳を奪ったのは、会場の正面に一段高く設えられた台の上に置かれている壺でした。 乳白色の肌に所々に紅を散らした30cm程の丸みを帯びた曲線に私は魅入られた様に立ち尽くしたのです。 
『お気に召しましたか?』
魂を飛ばしてしまったかのように見つめる私に、すぐ後ろから尋ねる声がします。 それは先ほどのエレベーターで聞いた声でした。
『ええ…綺麗………』
まだぼうっとしてた私はそれだけ答えるのがやっとでした。まだ壺に心囚われていた私を現実に引き戻したのは、近付いて来た友人の声でした。
『ごめんね、放っておいて。 仕事関係の人が来ちゃって』
お姉さん気質の彼女はお仕事仲間からも慕われているのでしょう、時間に余裕のある方々は家族で混み合う休日を避け平日に訪れてくださるそうです。
『先生、彼女は高校からの友人の緋紗子さん
 緋紗子、こちらは私の陶芸の先生。 この壺は先生の作品を特別に貸して貰ったの』
『佐伯緋紗子です。初めまして…』
『倉木です。よろしく 』
この方がこの壺を、そう思いながら下げた頭を上げると同時に、また別のお客様が見えたらしく男性と彼女を呼ぶ声がします。
『仕事のついでに寄っただけだから、勝手に見て帰るから気にしないで。』
微笑んで手を振る私に
『ごめんね。』
小さく両手を合わせた彼女は、男性と一緒に新しい輪の中へと向かったのでした。


一人取り残された私はまだ彼女の作品を見ていない事に気付きながらも、そこから離れることが出来ませんでした。 硬質なガラスを思わせる表面は氷のように冷たくも見え、また、優しい色合いとその中に咲いた紅色は火傷しそうな程熱くも見えます。
壺の前には「お手を触れないで下さい。」という注意書きがあるにも係わらず、私はその肌に触れてみたくてしようがなかったのです。 触れてはいけない、友人の作品を見なくては、心の中で私の理性が叫んでいるのに、知らず知らずのうちに持ち上がった右手はそれだけが別の意志を持っているかのように壺へと伸ばされていったのです。 
『駄目ですよ』
あと少しで触れるという所まで伸びていた私の手首は強い力に掴まれ、耳元に囁かれた先ほどとは打って変わった厳しさを秘めたバリトンに、私は躯を強張らせました。
『あっ…あの… 』
『ここに触らないように書いてあるでしょう?』
『ごっ ごめんなさい…  …つい……』
『つい? いけないと知っていながら触ろうとしたのですか?』
大切な壺から少しでも離さなくてはと言うかのように私の手は背に回され、更に冷たさを増した問い詰める声に、私はお詫びの言葉もなくただ項垂れることしかできなかったのです。
『そんな悪い手は括ってお仕置きしないといけないね』
『えっ?』
一瞬何を言われたのか分からなった私は呆然と見上げ、次の瞬間、一気に頬に血を上らせたのです。

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